FLOOR B-10


小玉の二輪ライフ

バイクに乗り始めるまで

幼稚園の頃から自転車に乗るのが好きでした。5,6歳の時は1-2時間かけて
一人で友人宅に出かけることが多く、親を困らせていたようです。
小学校-中学校時代も山を越えて知らない場所にいくことが多かったです。
そのころから一緒に行ってくれる友人もいなくなり、単独での行動となります。
中学の頃買ってもらったツノダのスポルティフ(もうこの言葉はないですね。
700CサイズのWOタイヤをはいた、ロードレーサーよりも少しツーリング指向の
快走車です)にチューブラーホイールを履かせたのが高校生の頃。その動力性能の
高さに驚きます。自転車をいじって、遠くに行くこと、知らないところにいくことが
大好きでした。

 

大学生になってからは、駅を利用して遠くに行くようになります。大学のあった
福岡から日本海を通って三重の実家に帰ったり、本州縦断、四国・九州一周、
北海道半周等、全て自転車で回りました。だらだらした上りは嫌いでしたが、
自分の存在と充実感を強烈に感じる峠の上りと、自動車を追い越して楽しむ下りは
大好きでした。社会人になってからも、霧ケ峰、黒部、乗鞍を走破。「バイクは風を
感じる」なんて巷では言われていますが、そんなことは嘘で自転車こそが相応しいと
思っていました。峠の下から吹き上げてくる涼しい風、静寂な山の中に響き渡る小鳥の
さえずり、磯に砕ける波の音、絶対にバイクでは味わえないと思っていました。
今でもそう思っていますが。ただその強力な移動能力には憧れてはいました。
一度50cc(Suzuki RG-50E)にも乗っていたのですが譲ってもらって
すぐにバトルして壊してしまい、バイクはそれっきりでした。

バイクへの乗り換え

バイクに乗り換えようと思ったのは社会人になってからです。住んでいる
場所は交通量が多く自転車の走行に向いていないこと、それまで自転車しか
交通手段がなく、どこかに行こうと思うときに時間がかかり過ぎてしまうことで
別の交通手段が必要に感じられてきたのです。

旅行手段としての自転車にも疑問が生じていました。
まず自転車は日本の道路では他の交通手段の邪魔になる。
歩道は狭いうえに段差が多く、旅行する自転車には向いていません。しかし車道も
路肩はガラスの破片、アスファルトの荒れ、自動車の邪魔になったりであまり気持ちの
いいものではありません。自転車が追越しをする自動車の邪魔になって列を作っている
光景をしばしば見かけますが、私も嫌な思いをいつもしてきました。私は自動車と
同じスピードで走れる自転車を常に欲していました。
日本の道路は自動車向きに作られている。
例えば国道3号線ですが、丘陵地をまっすぐに突っ切っていて、急な勾配がどこまでも
続きます。自転車で走るのは辛いだけです。気がつくと自動車専用道路に入り込んで
しまうこともしばしばありました。私の不注意だけかも知れませんが。
自転車でどこへでも行けるわけではない。
九州最南端、佐多岬ですが、道が危険なので自動車とバスでのみ行けるように
なっています。狭い道なので危険を避けようとする意図は理解出来るのですが、
福岡から500kmも走ってきて入っていけないのでは何のために来たのか、という事に
なってしまいます。その他全国各地の風光明媚な道路は自動車専用が多く、ストレスを
感じることがしばしばありました。

私の考えでは、「自転車は日本の旅行における移動手段に向いていない」
ということで、新たな移動手段であるバイクの免許取得を考え始めたということです。

 

1台目(正確には2台目)のバイクはKawasaki ZZ-R400('90年式)。車体が大きく見栄えが
するのと、ツーリングに便利な機能が多く装備されているのが購入理由です。それと、
個人的なこだわりで「ツアラーのウインカーはビルトインでなければならない」
「ツアラーのマフラーは2本出し」という条件を満たすのは当時これしか
なかったのですが。これはよい買い物でした。機能的にはもちろん、けっこうずぼらに
しても走ってくれるし実にツーリング向けの一台であったように思います。
峠に持っていくとエンジンのレスポンスと車体の切り返しが鈍いのが不満だったの
ですが、それ以外はとても良いバイクでした。2年間で33000km走りました。

限定解除の取得
'91年に青森の大間崎で2人のライダーと出会い、一緒に走ろうということに
なりました。GSX-1100S(刀ですね)とCB-750Fと走りだしたのですが、全然ついていけない!
始めの発進で50m差を付けられ、追い付いたと思ったらコーナーの立ち上がりでまた差を
付けられる。これはいかんなということでよりゆとりとステータスを持った限定解除の
取得にトライしました。7回でなんとかクリアー。
次のバイクを決めるため、試乗会には何度となく顔を出しました。もちろん、
ZZR-1100でも良かったのですが。そこでモトグッチ・ドカティといったイタリアの
バイクの面白さに取りつかれてしまいました。BMWは4気筒・2気筒を問わずに大変よく
できたツーリングマシンとは思ったのですが、エンジンの特性があまりドラマチックで
なくて、その時には乗って楽しいとは感じられませんでした。
イタ車もツーリングに使えるとはあまり思っていなかったのですが、あるとき
907I.E.を見たときに「これしかない!」と感じました。スポーツツーリングを意識した
コンセプト、どこにもないフルカバードのカウリング、もちろんビルトインのウインカー、
二本出しのマフラー、ドカティのエンジン、完璧でした。もともと私はバイクのカウルの
形にとても惹かれます。エンジンやフレームの形ももちろんですが。今、とてもいいなと
思うのはBIMOTAのYB-11。あの躍動感のある塊がすっ飛んでいくというのは
たまらない魅力ですね。

いい人に乗って貰うんだよ・・・

 

Honda XLR-BAJA

結婚する前から'92年式のBAJAに乗っていました。維持費が安いというのも
もちろん魅力なのですが、手間がかからないというのはもっと魅力でした。
イタ車というのは何か彼女が1人いるような感じで良くも悪くも手間がかかります。
走る場所も変わりました。この前箱根ターンパイクに行きましたが、良くなかったです。
道志あたりのツイスティな道を好むようになりました。テント持って能登半島にも
行きましたが、狭いシートはお尻が痛くなってだめです。また大きいバイクに
乗りたいのは事実ですが、もう少し後になりそうです。のんびり目標を達成するつもりで
そんなにあせっていません。やはり2気筒がいいなあと思っています。もちろん907I.E.も
いいものがあったらもう一度乗りたいのですが、それ以外に選ぶとするなら、VTR-1000Fなんか
いいですね。今の外車ならばモトグッチのDAYTONA1000あたり乗ってみたいです。
それと、97年秋に出た新しいDucati900SS。
ST2も同じデザイナーらしいですが、あれはいい!とても欲しい!!


はじまりはいつも雨(まただよ)

NSR-250R-SE

1997年3月、NSR250R-SEの購入を果たしました。BAJAとの林道ライフも悪くはなかったの
ですが、やはり性にあっているのは峠道、ということでBAJAを下取りにして購入しました。
私、雨男で、907I.E.の納車も雨だったのですが、今回の納車も降られました。よっぽど
日頃の行いが悪いのでしょうか。しかしちょっと走ってみた限りでは、軽い車体に
よく吹けるエンジン、ワインディングが大変楽しいです。体重移動やブレーキの入力には
かなり敏感な印象があり、楽しくも慎重な運転が必要のようですが。背筋も鍛えられそう。
これから長い間、楽しませてくれそうです。


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